現在、私はメルセデスAMGのGLA45SというコンパクトSUVに乗っているのだが、これがまぁ優等生で非の打ちどころがないわけだが、最近は少々愛嬌のあるネオクラシックカーも気になっている所存である。
前回はその流れで、プジョーの106に触れたのだが、欧州イタフラ繋がりでもう1台気になっているクルマについてお話ししていきたいと思う。

今回、お話ししていきたいのは、フィアットのパンダ(初代)である。
フィアットと言えば、チンクエチェントがまずは筆頭として挙がるが、敢えてのパンダだ。なんというかこう少しだけ捻くれたものが好きなわけだ。
ということで、気持ちの整理ついでにフィアットパンダのお話しをしていこうと思う。
1. 初代フィアットパンダの概要

◆フィアット パンダ(初代)4×4の諸元
| エンジン | 水冷直列4気筒SOHC |
|---|---|
| 馬力/トルク | 52PS/84.3N・m |
| 駆動方式 | パートタイム4ED |
| ボディサイズ | 3435×1510×1535mm |
| 重量 | 810kg |
誕生の背景と23年にわたるロングセラーの歴史
1980年のデビューから2003年までの実に23年間、基本設計を変えることなく生産され続けたイタリアの国民車、それが初代フィアット・パンダだ。
当時のフィアットはオイルショックなどの影響で深刻な経営難にあえいでおり、パンダはまさに社運を賭けた新型車開発プロジェクトであった。
白羽の矢が立ったのは、若き日のジョルジェット・ジウジアーロ氏率いる「イタルデザイン」だ。
ジョルジェット・ジウジアーロ氏と言えば、数々の名作を生み出しており、代表作で言えば初代VWのゴルフやデロリアン、日本車で言えばスバルのアルシオーネSVXなんかも彼がデザインを手がけたものとなっている。

巨匠ジウジアーロが手がけた「究極の合理性」
フィアットが彼らに求めたのは現代のシトロエン2CVとも言うべき、安価で広々とした、革新的なベーシックカーの創出であった。
ジウジアーロはパンダのデザインにあたり、「素朴なコンテナ」であり「ブルージーンズのように、シンプルで実用的で飾らない」存在を目指した。
その思想は、徹底的なコスト削減要求を逆手にとった究極の合理性として結実している。
例えば、フロントスクリーンを含むすべての窓に、製造コストの安い完全な平面ガラスを採用。
右の窓ガラスを裏返せば左の窓ガラスとしても共有できるよう設計するなど、驚くべき割り切りを見せている。
また、室内空間も極めて独創的だ。
初期型のフロントシートは、シンプルなパイプフレームにキャンバス地を張っただけのハンモック式を採用。
ダッシュボードに至っては布を張っただけの巨大なポケットになっており、そこには「何もないことの豊かさ」すら漂っている。
コストダウンという絶対的な命題を、見事なインダストリアル・デザインへと昇華させたのである。
今となっては平凡な動力性能に意外な悪路走破性を持つ「4×4」

令和の今となっては、初代パンダの数値に特筆すべきものはない。
旧車かつ上記の徹底したコストカットにより、車重は800kg台と軽量であるものの、50馬力程度の出力となっている。
車重を考えれば、日常使いする上では十分ではあるだろうが、ホットな走りを期待できるものではないだろう。
ただ、初代パンダを語る上で欠かせないのが、1983年に追加されたパンダ 4×4(フォーバイフォー)の存在だ。
この小さな大衆車に組み込まれた4WDシステムは、メルセデス・ベンツのGクラスなども手掛けたオーストリアの軍用車メーカー、シュタイア・プフ社が開発を担当した本格派である。
小排気量エンジンにシンプルなパートタイム式4WD、そして堅牢なリアのリーフリジッドサスペンションという組み合わせは、過酷な山岳地帯や雪道で軍用車顔負けの意外な悪路走破性を発揮したとか。
愛くるしい見た目に反して、本物の泥臭さを秘めているこのギャップこそが、世界中のクルマ好きの心を深く刺激してやまないのかもしれない。
なぜ今さら初代パンダなのか
そんなパンダだが、大衆車ゆえに希少性があるわけでもなく、かといって特別便利でも特筆した性能がある訳でもない。
なのに、何故このクルマが私が気になっているのか。
ジウジアーロデザインの愛らしく飽きがこない外観

何と言っても、巨匠ジョルジェット・ジウジアーロ氏が手掛けたそのシンプル故に飽きがこず、カッコ良すぎずに愛嬌があるデザイン。
これに尽きるだろう。
ちっこくても塊感があり、踏ん張り感のあるスクエア形状のボディは現代の曲線が多用されたクルマからは得られない栄養素がある。
ただの無骨な箱には終わらない、その絶妙なプロポーションにはイタリア車特有の洒脱な遊び心が宿り、何度見ても飽きのこない愛らしい表情を作り出している。
現代車に対するアンチテーゼとしての「シンプルさ」
現代のクルマは高度な電子制御の恩恵を受け、至れり尽くせりのデジタル装備に満たされている。
私の愛車のGLA45Sなんてまさにその典型だ。421馬力の獰猛なエンジンを電子制御で押さえつけて、トルクベクタリング4WDでグイグイ曲がっていく。
しかし、その過剰なまでの恩恵に贅沢ながらも食傷気味になる瞬間がないと言ったら嘘になる。
初代パンダのドアを開け、室内を見渡せば、そこにあるのは布を張っただけのダッシュポケットと必要最小限のスイッチ類だけだ。しかし、この「何もない空間」こそが、情報過多で重厚長大化した現代において特効薬となるだろう。
「シンプルだからこそ、逆に豊穣である」という境地。贅肉を徹底的に削ぎ落とした工業製品としての純粋さが、ドライバーの心に「豊かな気分」をもたらしてくれる気がしている。

アナログだからこその「操る楽しさ」
初代パンダの魅力は、静的なデザインの美しさだけにとどまらないだろう。
走りの面では、アナログな機械を自らの手足で操るというプリミティブな喜びにあふれている様に思う。
車重わずか800kg程度という驚異的な軽さを武器に、小排気量エンジンをマニュアルトランスミッションで痛快に回しきる楽しさ。
路面のインフォメーションを掌にダイレクトに伝えるノンパワーステアリングを握りしめ、最も美味しいギアと回転数を探りながら走る感覚は何物にも代えがたいだろう。
たとえ時速60km以内の日常的な速度域であっても、そこにはクルマと深く対話する濃密な時間になることが想像できる。
急速に減少する中古車市場と「今乗るべき」理由
そんな根源的な魅力に溢れる初代パンダだが、中古車市場の現状は決して楽観できるものではない。
執筆時点では、カーセンサーの在庫は8台程度とかなり少ない。特にシュタイア・プフ社製の駆動系を持つ「4×4」モデルなどは、その希少性と世界的なヤングタイマー・ブームも相まって、1台のみの在庫という状況だ。
いつか乗りたいと夢見ている間に、手の届かない存在、あるいは文字通りの「絶滅危惧種」になってしまう日はそう遠くないのかもしれない。

初代パンダと送りたいライフスタイル

そんなパンダをお迎えして、どんなカーライフを私は送りたいの…。
ちょっとだけ夢想してみた。
日常を彩る「スローライフ」な相棒として
全長わずか3.38mという軽自動車にも迫るコンパクトなボディは、現代の交通環境において圧倒的な取り回しの良さを誇る。
週末の買い出しや近所のカフェへ向かう何気ない道のりさえ、初代パンダと一緒ならば特別な小旅行へと変わるだろう。
すべての窓に平面ガラスを採用したルーミーな室内は、その小さな外観からは想像できないほどの開放感に満ちているに違いない。
天気の良い日にはキャンバストップを大きく開け放ち、心地よい風と陽光をキャビンへ招き入れたい。
急ぐことなく、景色を楽しみながらマイペースに街を流す「スローライフ」こそが、このイタリアン・コンパクトにはよく似合うだろう。
4×4モデルで楽しむ週末のアウトドア
個人的には選ぶのであれば、やはり4WDかつ5MTモデルである「4×4」モデルにしたい。
普段はFFとして走り、悪路に直面した際に手元のレバーで後輪へも駆動を伝えるパートタイム式4WDシステムは、構造がシンプルゆえに信頼性が高い。
わずか800kg前後の軽量な車重と相まって、泥道や雪道、急勾配などでは重量級の本格クロスカントリー車顔負けのトラクション性能を発揮してくれることだろう。
キャンプ場や山奥の自然の中にひっそりと佇むその姿は、愛らしく小粋でありながら、極めて頼もしい相棒そのものになってくれるはずだ。
手間をかけて「一生モノ」として愛でる喜び
初代パンダは、元来「使い倒すための実用的な道具」として生み出されたクルマだ。
しかし、経年劣化によって綻びが出た部分に手を入れてやり、自分の手でコンディションを保ち続けることで、それは単なる工業製品を超えた「一生モノ」へと昇華する。
最新のクルマのようにメンテナンスフリーとはいかないが、機械と対話しながら不調を一つずつ解消していく過程には、現代では味わい難い愛着の醸成があるだろう。
多少の手間を惜しまず、直して直して長く乗り続ける。
そんなオーナーの深い愛情に応えてくれるだけの器の大きさが、このクルマには備わっている気がする。
おわりに

1980年のデビューから23年間という長きにわたり生産された初代パンダは、今や単なる大衆車という枠を超越している様に感じられる。
巨匠ジウジアーロ氏が「ブルージーンズ」に例えたそのデザインは、極限までコストを削ぎ落とした合理性の塊でありながら、イタリアならではの洒脱な遊び心に満ち溢れている。
ハンモック式のシートや製造コストを抑えるための完全な平面ガラスといった特異なディテールは、現代のデジタル化されたクルマには決して真似できない、血の通った温もりと機能美を感じさせるのだ。
手間を愛せる者にだけ開かれる豊かなカーライフ
もちろん、現代の基準で語れば不便な点も少なくない。
年式相応のボディの錆への対策や、国内外のネットワークを駆使した専用パーツの調達など、維持にはそれなりの覚悟と手間が求められることだろう。
しかし、ノンパワーステアリングを両手でしっかりと切り込み、小排気量エンジンをマニュアルトランスミッションで痛快に回しきる瞬間のプリミティブな喜びは、その苦労を補って余りあるものだと簡単に予想できる。
初代パンダは単なる移動のための工業製品ではない。
それは、過剰な効率化の波に抗い「機械と対話する根源的な楽しさ」を現代に伝える、生きた「文化」なのではなかろうか。

