自動車の歴史において、”化け物”という言葉がここまで似合うエンジンは他にないだろう。
2026年7月17日、ブガッティは最後の【ミストラル】を生産ラインから送り出したことを発表した。これは同時に、あの伝説的なW16エンジンの生産終了を意味する、一つの時代の終わりを告げるニュースでもある。
2000年代後半、フォルクスワーゲングループによってブガッティというブランドが復活を遂げたとき、世間はせいぜい「よく出来たスーパーカー」程度を期待していたはずだ。
フランスの片田舎モルセイムに、世界最高峰の技術者たちを集めて何を作るつもりなのか、当時は誰もが半信半疑だったと思う。
しかし実際に世に放たれたのは、ラグジュアリー・歴史・スピードを極限まで融合させた、世界初とも言える”ハイパーカー”というジャンルそのものだった。
その中核を担ってきたのが、ヴェイロン以来受け継がれてきたクアッドターボW16、1,000馬力オーバーという常軌を逸したパワーユニットである。
以来このエンジンは、ブガッティというブランドの”顔”であり続けてきた。カタログスペックの数字を追うだけでも胸が高鳴るような、そんな稀有な存在だったと言っていい。

本記事では、このW16エンジンが辿ってきた軌跡と、有終の美を飾った最後のミストラルの姿、そして次世代モデルへと受け継がれる想いについて、じっくりと掘り下げていきたいと思う。
なぜ「W16」という異形のレイアウトが生まれたのか

ヴェイロン開発陣に課せられた無理難題
ヴェイロンの開発が進んでいた当時、エンジニアたちに課せられた命題はただ一つ。
「今、手に入る最高かつ最強のパワーユニットを積むこと」だった。
フェルディナント・ピエヒが掲げた「1,000馬力、最高速400km/h、それでいて日常でも乗れる快適性」という、一見矛盾だらけの要求に応えるためには、既存の常識を捨てるところから始めるしかなかったのだろう。
V16案はなぜ却下されたのか
本来であればV16というレイアウトも候補に挙がっただろう。
実際、初期の検討段階ではV16案も存在していたと言われている。
しかし、V16はどうしてもエンジン全長が長くなりすぎ、ミッドシップレイアウトを前提としたパッケージング上の制約から現実的ではなかった。
ホイールベースを不自然に伸ばすか、キャビンを犠牲にするか。
どちらを選んでも、ヴェイロンが目指す「日常でも快適なハイパーカー」というコンセプトからは外れてしまう。
VR8×2という発想の転換
そこでブガッティが辿り着いた答えが、既存のVR8(VW・アウディグループが得意としてきたコンパクトなV型8気筒ユニット)を2基、角度を持たせて組み合わせるという離れ業だった。
これにより誕生したのが、あの独特な「W」型16気筒、W16エンジンである。
V型よりもコンパクトに、直列よりも短く。
常識的なレイアウトから外れた発想の転換こそが、後にブガッティの代名詞となる異形の心臓部を生み出したのだ。
そこに4基のターボチャージャーを組み合わせることで、排気量8.0リッターで1,000馬力を超えるという、当時の常識では考えられない狂気じみた数値を叩き出すことに成功した。
効率という言葉とは対極にある、まさに”物量作戦”とも言えるアプローチだが、それがブガッティらしさそのものだったと思う。
記録づくしの生涯──ヴェイロンからミストラルへ

W16エンジンの生涯は、まさに記録との戦いの歴史だったと言っていい。
2005年に登場した初代ヴェイロン16.4は、量産車として初めて1,000馬力の壁を突破した存在として、自動車史にその名を刻んだ。そこからブガッティは、飽くなき”最速”への挑戦を続けていくことになる。
400km/hから500km/hへ―シロン・スーパースポーツの489km/h

ヴェイロン・スーパースポーツが樹立した公式最高速度は約430km/h。
当時「市販車で400km/hオーバーで走る」ということ自体が、多くの人にとって想像の範囲を超えていたはず…頭の片隅で考えすらもしなかっただろう。
しかし、シロンの登場でその記録はさらに更新され、W16史上最速の座に君臨したのが、約489km/hを記録したシロン・スーパースポーツだ。
ここに至って、ブガッティは「500km/hの壁」にすら手をかけていたことになる。
オープンカー世界最速、ワールドレコード・エディション・ミストラル
さらに2024年11月には、オープントップモデルとしては世界初の快挙となる、約454km/hという驚異的な最高速度をワンオフの「ワールドレコード・エディション・ミストラル」が記録している。
屋根のないオープンカーで、この速度域に到達すること自体、空力・剛性・エンジンの信頼性、そのすべてが極限まで磨き上げられていなければ不可能だ。
これは屋根のない量産車としては世界最速の記録であり、W16というエンジンが最後まで進化を止めなかったことの証明でもあるだろう。
こうして振り返ってみると、W16は単に「パワフルなエンジン」だったのではなく、常に”人類がどこまでの速度に到達できるか”という問いへの答えを出し続けてきた存在だったのだと感じる。
最後の1台に込められた、W16への”惜別”のメッセージ

フランス・モルセイムのアトリエから送り出された最後のミストラルは、単なる”最終生産車”という肩書き以上の意味を持つ、W16への惜別を込めた特別な1台に仕上げられている。
エクステリア:歴代モデルへのオマージュ
外装は、パール仕上げとスパークル仕上げを組み合わせたツートーンカラー。
光の当たり方によって表情を変えるこの塗装は、まるでW16という存在そのものが持っていた”掴みどころのない凄み”を表現しているようにも見える。そしてボディのいたるところに、「The last of its kind(唯一無二の存在)」という、ミストラルがデビュー当時に掲げていた言葉が刻み込まれている。

インテリア:創業者とラリックへの敬意
さらに、ブランド創始者エットーレ・ブガッティへの敬意も忘れていない。
100年以上前に「動く芸術品」を作ることを目指した創業者の哲学が、最後の1台にもしっかりと息づいているのを感じる。
ヘッドレスト・ドアシルのエットーレ・ブガッティのサイン
ヘッドレストやドアシル、そしてエンジンカバーには、アルミニウム仕上げで彼のサインが再現されている。
走行中には目に触れることの少ない場所にまで手を抜かないところに、ブガッティらしい徹底ぶりが表れている。
特に印象的なのが、ドアパネルに描かれたヴェイロン・シロン・ミストラル、3世代のシルエットだ。
W16エンジンを積んで駆け抜けてきた歴代モデルへのオマージュが、この1台には凝縮されている。
ラインナップの系譜をあえて可視化するというこの演出は、ブガッティが自分たちの歴史をどれほど大切にしているかを物語っている。

ラリック製センターアームレストプレート「Spirit of the wind」

インテリアにおける最大のハイライトは、フランスの高級ジュエラー・ラリックとのコラボレーションで生まれた、センターアームレストのプレートだろう。
「Spirit of the wind(風の精霊)」と名付けられたそれは、凍りついたようなクリスタルガラスで表現されている。
ラリックといえば、かつてブガッティ自身も自動車のマスコットフィギュアや装飾ガラスで関わりがあったブランドであり、この起用にも歴史的な文脈が透けて見える。
オーナーのためのパーソナライズ:隼のシフトレバー

そして、オーナー自身のこだわりが光るのがシフトレバーに設えられたはやぶさのヘッドだ。
これはオーナーの出身地にちなんだ、まさに”世界に一つ”を象徴するパーソナライズである。
ブガッティのオーナーメイド文化を象徴するようなディテールで、単なる工業製品ではなく、オーナーとの共同制作物としての1台なのだということを改めて感じさせられる。
こうした細部まで、この1台がただの生産終了記念モデルではなく、W16というエンジンそのものへの”手紙”であることが伝わってくる。
バトンはV16へ―次世代モデル「トゥールビヨン」

W16という伝説に幕を引いたブガッティが、次に用意したのが次世代モデル【トゥールビヨン】だ。
8.3L自然吸気V16、コスワースとの共同開発
トゥールビヨンには8.3L自然吸気のV16エンジンが搭載されている。
しかも、その開発にはエンジンビルダーの名門・コスワースが名を連ねている。
かつてパッケージングの都合で選べなかった”V16″というレイアウトをブガッティが満を持して登場させるというのは、なんとも感慨深い話ではないだろうか。
ハイブリッドという選択、それでも譲らない内燃機関への矜持
ターボで武装したW16から、自然吸気のV16+モーターのハイブリッドへ。
昨今のスーパーカー・ハイパーカーが電動化によりモアパワー・モアトルクを手にしている流れにブガッティも挑んだか、1000馬力のエンジンに800馬力を発揮するモーターを組み合わせた弩級モデルとなっている。
しかし、その心臓部にあえて自然吸気の巨大なV16を据えるという判断からは、「最後まで内燃機関の官能性を諦めない」というブガッティの意地のようなものを感じずにはいられない。
結びに:狂気こそが、ブガッティという存在の証明だった

正直なところ、W16エンジンというユニットは、効率や実用性という言葉とはおよそ無縁の存在だった。
1,000馬力オーバーというスペックも、クアッドターボという構成も、VR8を2つ繋ぎ合わせるという発想も、すべてが「常識の外側」にあった。
燃費や環境性能を語る土俵にすら乗らない、そんな振り切ったモノづくりだったからこそ、多くの人の心を掴んできたのだと思う。しかし、だからこそブガッティはブガッティであり続けられたのだと思う。
電動化・効率化が声高に叫ばれる2020年代において、あえて振り切った”化け物エンジン”を作り続けてきたブランドが最後に見せたのは、静かな幕引きではなく、これまでの歴史すべてに敬意を払った、ある種の”儀式”だったように感じる。
歴代モデルのシルエットをドアに刻み、創業者のサインをアルミに再現し、ジュエラーとコラボしたクリスタルを飾る。
そのすべてが、「終わり」ではなく「継承」を意図した演出だったのだろう。
W16というエンジンが消えても、その狂気の遺伝子はきっとV16という新しい心臓部に受け継がれていくのだろう。
効率を求める時代の中で、あえて非効率の極みを追求し続けるブランドがまだ存在する。そのことに、イチ車好きとして、素直に胸が熱くなる。
私たちは今、内燃機関がもっとも過激で、もっとも人間くさく、そしてもっとも美しく燃え尽きようとする瞬間に立ち会っているのかもしれない。
出典:Autoblog

