記録破りの「傑作」はなぜ拒絶されたのか?Mercedes-AMGの傑作エンジン『M139』が突きつけた数値と感性との断絶

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    メルセデスAMGの歴史において、【63】という数字は特別な意味を持ってきた。

    かつては6.3L V8自然吸気エンジンの咆哮を、その後は4.0L V8ツインターボの圧倒的なトルクを象徴する記号であり、多くのファンにとって「63」を選ぶことは、その強烈な官能性能を手に入れることと同義であった。

    そう、メルセデス・ベンツの普通乗用車を【アウトバーンの弾丸】へと変貌させてきた彼らの象徴には、常に圧倒的に暴力的なまでの狂気のエンジンがあった。

    しかし、過去を振り返ればAMGは決してV8エンジン一辺倒のブランドではない。

    メルセデスとの共同開発第一弾となったC36 AMGはシルキーな直列6気筒を積んでいたし、過去にはV12から4気筒まで幅広いユニットを手掛けてきた。
    つまり、彼らにとって気筒数は本質ではなかったはずである。

    Photo quoted by Mercedes-Benz

    そして、2023年末ごろにW206型のC63 S E PERFORMANCEが登場したとき、世界中のファンは大きな衝撃を受けることになる。そこに積まれていたのは、V8ではなく、排気量を半分に削った2.0L直列4気筒エンジンことM139であったからだ。

    スペック上は4LのV8が搭載された先代W205型のC63を遥かに凌駕するモンスターマシンを創り上げた。
    ・・・しかし、市場の反応は冷ややかであった。販売台数は大きく減少し、ディーラーでは異例の大幅な値引きが行われる事態となった。

    驚異的なエンジニアリングの結晶であり、そして圧倒的動力性能を誇示していながら、なぜ熱狂的なファンは背を向けたのか。


    目次

    世界最強の2LエンジンM139とF1由来の技術との融合

    2.0L直4ターボで476psを叩き出す「M139l」の正体


    M139エンジン(Photo quoted by Mercedes-Benz)

    C63 S E PERFORMANCEの心臓部に鎮座する「M139l」(lは縦置きを意味する)は、量産車用4気筒エンジンとして間違いなく世界最高峰の傑作機であると言える。

    エンジン単体で最高出力476ps/最大トルク545N・mを発生し、リッターあたりの出力は238psという驚異的な数値に達している。

    これは、かつての最強4気筒と謳われたA45 Sの数値をさらに超えるものである。(A 45Sの最高出力は421馬力)
    私もA45 SのSUV版であるGLA 45Sを所有しており、コンパクトSUVとは思えないほどの文字通りシートに身体を押し付けられる暴力的な加速など、M139エンジンの圧倒的動力性能は実体験ベースでその凄さを公道上ではあるものの体感しているからよく分かる。

    一昔前はリッター100馬力でスゴイと言われていたことを思うと、ほとほとトンデモナイ値である。

    このエンジン最大の特徴は、F1由来の技術である「エレクトリック・エグゾーストガス・ターボチャージャー」…いわゆる電動アシスト・ターボだ。

    これは、タービンとコンプレッサーの間の軸に厚さわずか4cmの電気モーターを配置し、排気ガスが溜まる前のアイドリング状態から電子制御で軸を強制的に回転させる仕組みである。

    これにより、ターボラグをほぼゼロにして、全域で自然吸気エンジンのような鋭いレスポンスを実現している。

    また、当然ながら熟練したマイスターが1人で1基を組み上げる【One Man, One Engine】の哲学は、このハイテクユニットにも継承されている。

    【E パフォーマンス】がもたらす異次元の加速

    Photo quoted by Mercedes-Benz

    この最強の4気筒に組み合わされるのが、リアアクスルに搭載された「P3 ハイブリッド」システムである。

    150kW(204ps)の電気モーターと2段変速機、電子制御LSDを一体化したエレクトリックドライブユニットにより、システム合計出力は680ps/最大トルクは実に1020Nmという、スーパーカーの領域に踏み込んでいる。

    0-100km/h加速はわずか3.4秒。
    その加速感は「笑えるほどに強烈」と評される。もしくは「純粋に怖い」とすら言わしめるほどだ。

    また、搭載される6.1kWhのハイパフォーマンスバッテリー(HPB)もF1直系の技術が惜しみなく投入されており、「セル直接冷却」という高度な熱管理システムを採用し、560個のセルすべてを非導電性の冷却液で個別に冷却することで、過酷なスポーツ走行でも安定した電力供給と急速な回生を可能にしている。
    このシステムは単なる燃費向上のためのものではなく、飽くなきパフォーマンスのために全振りされた電動化技術なのである。

    これらは4.0L8気筒からのダウンサイジングの意味合いもあったが、それだけではなく圧倒的パワーとトルクとレスポンスの獲得という技術的な勝利の証明であった。…はずだった。


    なぜ「人気の陰り」が生じたのか? スペックでは測れない壁

    メルセデスAMG C63 S Eパフォーマンス(Photo quoted by Mercedes-Benz)
    エンジンM139エンジン
    馬力/トルク680PS/1020N・m(システム合計)
    駆動方式4WD
    ボディサイズ4835×1900×1455mm
    重量2160kg

    皮肉なことに、この量産最強の4気筒に強力なプラグインハイブリッドシステムを組み合わせた結果、C63 S Eパフォーマンスは矛盾に満ちた存在となった。

    ガワは一般的なセダンそのものでありながら、先に述べた通りシステム合計出力680PS/最大トルク1020N・mというまごうこと無きスーパーカー級の動力性能を手に入れ、0-100km/h加速は3.4秒をマークする。

    しかし、その実多くの影も孕む存在ともなった。

    AMGファンが求めた「官能性能」との乖離

    技術的な勝利とは裏腹に、旧来のAMGファンがこのクルマに抱いた感情は正直に【失望】であった。

    最大の理由は、V8エンジンの喪失による「官能性能」の欠如である。

    かつてのC63は、丁度よいジャストサイズなボディに大排気量エンジンを詰め込み、野太いV8サウンドを響かせて走る姿が魅力であった。

    その一方で、4気筒となった新型は、室内スピーカーからエモーショナルなサウンドを流す「AMGリアルパフォーマンスサウンド」を備えているが、物理的なV8の咆哮を知るファンにとっては、それは代替品に過ぎなかったのである。

    重量増という「電動化の代償」

    あとはハイテクシステムの代償として、C63 S Eパフォーマンスは高性能車としては致命的な課題を抱えることになった。

    それは2.1トンを超える車重である。

    先代W205から約400kg〜600kgも増加した重量は、いくら強力なモーターで加速を補い、4輪駆動システム「4MATIC+」と後輪操舵「リア・アクスルステアリング」をもってしても、コーナリングや制動時の物理的な素性をカバーしきる事は出来ない。

    その走りは「まるでビデオゲームのようだ」とも評される。
    かつてのC63が持っていた、暴れ馬のようなV8のトルクと格闘しながらねじ伏せる「操る手応え」や、物理的な軽快さは、重厚な電子制御の影に隠れてしまったのである。

    ライバルであるBMW M3ツーリングとの比較テストでは、パワーで勝るはずのC63が、より軽量でシンプルな直列6気筒を積むM3に全長3.8kmのコンチドローム(コンチネンタルタイヤのテストコース)で、2秒近い差で敗れたとされている。

    オーナーを悩ませる「ハイテクゆえの不具合」

    Photo quoted by Mercedes-Benz

    さらに、複雑すぎるシステムは信頼性への不安も招いている。

    560個のセルを個別に液体冷却する高度なバッテリーや、リアアクスルの2速トランスミッション、400Vの電気アーキテクチャなど、維持費や長期的な信頼性への不安は拭えない。

    ライバル車との信頼性指標(RepairPalデータ)を比較すると、ブランド平均としての修理費の差が顕著である。

    • AMG C 63S Eパフォーマンス:年間平均修理費 15万円程度(複雑なハイブリッドが故障リスクを高める懸念)
    • BMW M3:年間平均修理費 19万円程度(ターボや電子系の課題)
    • Lexus IS 500:年間平均修理費 9万円程度(5.0L 自然吸気V8というシンプルかつ堅牢な構成)

    出典:RepairPal(※1ドル=150円で換算)

    レクサスのようなシンプルさと堅牢さが市場で高く評価される一方で、限界まで負荷をかけた「高ストレスなM139」と複雑な電動ユニットの組み合わせは、長期所有を望むユーザーにとって大きなリスクとして映っている。

    実際、走行わずか6000kmでのインジェクター不具合によるチェックランプ点灯や、数日放置しただけでハイブリッドバッテリーの表示が0%になる、あるいは12Vバッテリーが上がるといった事例も報告されており、精密すぎるがゆえの繊細さも露呈している。

    これらの不具合は新車保証で対応可能だが、中古車市場での評価にも影響を与えている。
    新車価格1800万円超の個体が、短期間で1000万円近くまで下落するケースも見られ、リセールバリューの低さが購入を検討するユーザーの大きな障壁となっている。

    実際、日本国内においてもメルセデスの認定中古車で、高年式低走行車でありながら、乗り出し980万円から購入することが出来る。


    AMGの戦略転換:4気筒ハイブリッドの終焉とV8回帰の噂

    Photo quoted by Mercedes-Benz

    AMGのCEOミハエル・シーベ氏は、V8を廃止し4気筒ハイブリッドを採用したことで、実際に多くの顧客を失ったことを認めている。
    氏は、厳格化する排出ガス規制に対応するための「工学的な必然」としてこの道を選んだが、市場の受容性を過大評価していたと告白している。

    ファンが求めていたのは、効率的に絞り出された4気筒の唸りではなく、V8特有の腹に響く振動と「地響きのようなサウンドトラック」であった。

    いかにF1直系のハイテクを語り、数字上のスペックで圧倒したとしても、ドライバーの五感を刺激する「魂」が欠けていれば、それはAMGとしての記号性を失ったも同然であった。
    技術的な「正しさ」が、必ずしも市場の「歓び」と一致しないことを、この結果は痛烈に示している。

    販売不振と欧州規制の板挟み

    「世界最強の4気筒」という称号も、販売不振という現実の前では無力であった。

    メルセデスは2030年までの完全EV化計画を事実上軌道修正し、内燃エンジンの継続を模索し始めている。

    さらに、M139エンジンを次期排ガス規制「ユーロ7」に適合させるための開発コストが、需要に対してあまりに高すぎることが判明した。
    環境性能のために多額の投資をしても、肝心の顧客が離れていくという悪循環に陥ったAMGは、ついに大きな決断を下そうとしている。

    2026年、多気筒エンジン復活への期待

    Photo quoted by Mercedes-Benz

    メルセデスAMGは2027年のフェイスリフトに合わせてCクラスに直列6気筒エンジンを復活させる計画を立てている。(名称はC53になると想定されている)

    この多気筒化への回帰は、単なる懐古趣味ではない。
    電動化一辺倒だった戦略の失敗を認め、ファンの官能性への渇望に応えるための、AMGとしての生き残りをかけた軌道修正であると言えるだろう。

    もしこれが実現すれば、現行の4気筒モデルは「過渡期の実験作」という、皮肉な立ち位置で歴史に刻まれることになるだろう。


    【おわりに】エンジンの咆哮が消える前に

    【M139エンジン+プラグインハイブリッドのパッケージング】の挫折は、技術至上主義が必ずしも市場に迎合されるわけではないことを教えてくれた。
    しかし、4気筒スポーツエンジンの可能性がすべて否定されたわけではない。

    ハイブリッドシステムを組み合わせていないシンプルな構成でM139エンジンを搭載しているA45 Sファミリーは評価を受けている。
    私自身もGLA 45 Sを所有して2年半ほどになるが、パッケージングに不満はない。

    M139エンジンそのものは、現代工学が到達した一つの頂点である。
    リッターあたり238psを引き出し、それを日常の足として使えるレベルまで磨き上げたAMGの技術力には、敬意を表す。
    しかし、その傑作エンジンを「C63」という、特定の伝統とサウンドを期待されるモデルに搭載したことは、市場における「ミスマッチ」であったと結果的に言わざるを得ない。

    クルマ選びにおいて、スペックは重要だが、それ以上に大切なのは「乗る人の感情を揺さぶる“モノ”があるかどうか」である。
    C63 S Eパフォーマンスが教えてくれたのは、どれほど高度なテクノロジーを投入しても、歴史が育んできたアイデンティティを置き換えることは容易ではないという教訓だ。

    私たちは今、環境性能という大義名分のもと、大切なものを切り捨てようとしていないだろうか。
    「効率と引き換えに、私たちは『車の魂』をどこまで妥協できるのか?」

    この問いへの答えを、私たちはこれからの数年、エンジンの咆哮が消えゆく街角で見つけ出すことになるのかもしれない。

    最後にもう一言だけ言うとするならば、これからAMGを検討するユーザーにとってのベネフィットは、メルセデスAMGがこの「失敗」を糧に、次世代モデルが「数値」と「官能」をより高い次元で両立してくることにあるだろう。
    直6やV8回帰、あるいはさらなる多気筒化の噂を待ちながら、今は現代工学の極北であるM139の驚異的なレスポンスをあえて「一度限りの体験」として楽しむのも、一つの贅沢な選択かもしれない。

    出典:CARBUZZ

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